11:退職は突然にやってくる

あまりにも突然過ぎた。いくら何でも、授業早々、そういう話しをする必要があるのか。普通、退職話は、最後あたりに話すべきだろう。これでは、余計に無駄な時間が生まれてしまう。そこんところがあの先生らしいところだろう。つまり、一種の馬鹿ということ。それとも、さすがというべきだろうか。ということよりも、退職話についてだが、どうも滝沢は、歳という理由で、辞めるという。それも、今日だそうだ。代わりの担当教師は、新葉さんだと言っていた。ていうか、新葉さんって、教員免許持っているのかよ。どんだけ凄い人なんだか。と、滝沢は退職宣言を30分にわたって熱弁した後、授業へと移った。
「えー、授業を始める。」
やはり、つまらなかった。なので、だらーんとした態度で受けていると、滝沢が、
「どうした、竜崎。もう少し、ちゃんとしろ、ちゃんと。」
と、滝沢にしては珍しく、俺に注意してきた。その後も無駄話も一切なく、スムーズに授業が進んでいった。で、そのまま授業終了。いつものように、挨拶をし、先生が教室を出ていく。いつもの風景だ。
滝沢が教室からある程度離れた頃。教室が息を吹き返したように騒がしくなる。話しの内容は、もっぱら、滝沢の退職についてだろう。そんな中、俺のもとに等がやって来た。
「以外だったよな。まさか、この時期に退職するなんて、おかしいよな。なんかあったのかな?なんか知ってるか?」
「そこまでは、知らないな。っていうか、俺は、今日まで、休んで居たんだから、知る訳無いだろう、普通。」
「そりゃ、そっかぁ。スマンな。」
それからの授業は、いたって普通で、あっという間に、一日が過ぎてしまった。久しぶりのせいなのかは、わからないが学校で過ごす時間があまりにも短く感じてしまった。それで、ホームルームの時間、臨時の全校集会が開かれた。進行役の教師が、
「これから全校集会を行う。姿勢を正して、礼。」
という声で集会が始まった。まずは、退職される先生の挨拶である。最初に校長先生が壇上に上がり、滝沢を紹介する。そして、校長からマイクを受け取ると、軽く挨拶程度の、ことを言って壇上を後にしていった。それから校長は、滝沢が去るのを見て次の話しに移った。
「次に、新任の教師を紹介する。どうぞ、新葉先生、壇上のほうへお願いします。」
壇上に上がってきたのは、紛れも無いあの新葉さんである。新葉さんは、校長からマイクを受け取り、話し始めようとしたが、マイクの不調により、音が出なかった。それだけではなく、さらに新たなマイクを受けとったが、これも使い物に成らないので、仕方なくマイク無しで話しはじめた。
「えーっと、聞こえなかったらゴメン。で、今回から、2年の現代史を担当することになった、無藤新葉です。えー、次の担当が決まるまでの、担当ですが、皆さんと楽しく過ごしたいと思います。よろしくお願いします。初回の授業楽しみにしてます。」
という挨拶で壇上を後にしていった。それから、多少の連絡事項を伝えて終了した。そんでもって次の日。
学校に到着するやいなや、俺はクラスの皆に周りを取り囲まれた。そして、その中の一人が、
「竜崎。新葉先生って、どんな人なんだ?無駄話多くないよな?」
と、詰め寄ってきた。それに合わせて、他のも一緒によってくる。
「さすがに、そこまでよって来られても、圧迫感でちょっと答えにくいだけど。話しは、教室の方でするから。」
と、何とか包囲網を突破すると、教室まで逃げることが出来た。しかし、休むひまなく、新たな敵が現れる。今度は、隣のクラスの奴らだ。
「オイ、片治とか言ったな。」
「そうだけど。」
「今度の新任について、教えろ。お前、そいつのこと知ってるんだろ。」
「知ってるちゃ、知ってるけど、第一、何が知りたいかわからなくちゃ、答えられないだろ。」
「それもそうだな。だったら弱点は何だ?」
「弱点?その先生には、弱点なんか無いよ。ほぼ、鉄壁だよ。」
「だったら、その他は?」
「その他って言われても、知り合ってから、そんなに経っていないから、あまり詳しくないよ。」
「チェッ、それぐらいしか無いのかよ。まぁ、いいや。」
と、不平をつぶやきながら去っていった。その後、クラスの皆が俺の周りに円陣を張ってきた。さすがにこれは逃れられないと、諦めた矢先に始業チャイムが鳴って、何とかその場をやり切れた。
朝のホームルームが終わり、1時限目が始まろうとするころ、俺のクラスでは、一種の興奮状態にあった。何しろ、この1時限目は、現代史の授業であるからだ。始めて新葉さんの授業である。ささやかな期待の色に教室全体が包まれていた。そしてついに教室の扉が開かれた。
扉を開けて、新葉さんが教室に入ってきた。その瞬間、教室が一気に静まり、新葉さんが教壇の真ん中にきたのを見計らって、
「起立、礼。」
『お願いします。』
と、挨拶をする。そんで新葉さん、ということよりも、新葉先生だが、その第一声は、
「おはよう。まずは、自己紹介からするけど、皆とは、あの時に会って一度、簡単に自己紹介してるけど、一様しておくな。まぁ、皆知ってるように、名前は無藤新葉ね。後、なんか聞きたいことあったら聞いて。」
その言葉で周りが、騒がしくなる。しばらくしてある一人が、
「あの、先生は結婚してるんですか?」
「結婚はしていないし、する気も無い。」
また別の人が、
「先生の趣味とかは何ですか?」
「趣味かぁ。得にないなぁ。それ以外何か無いか?無いなら、そろそろ授業始めるから。」
と質問をする様子が無いことを確認すると、
「じゃぁ、授業始めるぞ。前回の続き、教科書開け。」
ということで、新葉先生の初授業が始まった。新葉先生の授業は、ある意味、天下一品もの。授業速度もリズム良く、とんとん拍子で、スムーズに進んでいく。適度にジョークも交えながらで、飽きて来ない。これこそ模範教師である。そんで、授業後半で、内容が今から5年前、日本政府が打ち出した法案についての、授業に入った。その時の授業の様子は、こんな感じであった。
「次、127ページを開けよ。開いたか?」
教科書には、政府が宇宙移住計画が見直しされたことについて、かかれている。5年前というと、俺がまだ小6のころだ。従来の移住計画では、あと数年で、日本の全ての人々が移住完了する予定だった。しかしそれは、大きな誤算の発覚によって、計画見直しが図られることが決まったのだった。そのため、宇宙開発のタイムスケジュールを、大きくずらす、羽目になってしまったのだ。やむを得ず政府が、見直し法案がだされたのだ。だがしかし、この法案には裏があったのだ。それは、日本国民全員の移住を取りやめ、地球でまだ暮らしたい人々を、そのまま移住無しとしてしまうものだった。俺もその一人だった。今でもこのことには、後悔している。ということを、今やっている。今やっている内容は、俺が今まで体験してきたことだったので、いつもより一層集中していた。新葉先生もそこんとこは、わかって授業をしてくれたようだ。



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